November 09, 2006
もうつかれた。
今晩、ついさっき、はっきり思ったのだけれど、
みどり(子どものなまえ)が小学校にあがってから1年7ヶ月。
子どもが保育園を卒園してから、
私は育児を助けてくれる人を本当に失ったと思う。
子どもに接している私の時間はとても楽しいもので、娘が床についた後も、彼女がその日に描いた落書きや宿題を見て、深夜ひとり笑みをこぼしてしまうくらい、そういう時間を含めて子どもを勿論愛しているけれど、
この1年7ヶ月は私にとって、とてもつらい日々だったと思います。
最近は(と言ってもここ1年にもなるが)、夜は眠れない、眠れないから酒飲む、だから朝だるい、だからダラダラして昼過ぎぐらいからしかエンジンかからず。
仕事のエンジンかかる頃、子どもは帰宅、すると当然、ご飯作らなきゃ、宿題見なきゃ、音読聞かなきゃ、話聞かなきゃ。だから深夜にまた仕事。当然眠れない、イライラ、だから酒飲む。
そういう生活を続けているうちに、もうすっかり何もできなくなった。
何もできなくなったというのは、
ご飯作る気しないし食べる気もしない。布団畳むのもやっとこ。
風呂も一週間くらい入らなくてもぜんぜん平気です。
入浴に意味を見いだせない。
世の中の人は、みんな、なんで風呂入ってるんだ?
人と話す気もしないので、かかる電話は出なければ済むけれど、一番嫌なのは、自分がかけた電話、相手が出た途端、どうしても声が出なくて無言で切るはめになります。あー弱者だよ私は。弱虫だと言ってくれ。
というわけで
『さすがにまずい』と思って薬を飲むことにしたのですが、
いちばん恐ろしいことに、薬飲んだ途端、
やる気わくわくワークマン!(←知ってますか?コレ)
今日で13日間、服用を続けているのですが、
気が狂ったように家事育児仕事に燃えています。
これってでも、
薬飲むのやめたら元に戻っちゃうのかな?
というか、この薬もいまに効かなくなってきて、
また元に戻っちゃうのかな?
そう思い始めると、また眠れない日々が始まってしまいました。
こんな情けない調子ですが、更新始めようかと思います。
ちなみに今は、はげしく泥酔してると思われます。
ちょっとこれから色々書いていきます。
2006 11 09 04:19 AM | 固定リンク | コメント (24) | トラックバック (2)
June 14, 2006
反抗期
ゼリー食いながら、子どもが言う。
おかあさん。
どうしてゼリーは『ゼリー』って言うんだよ!? と。
『ゼ』はわかるんだよ!『ゼ』はよー!
ゼリーの『ゼ』だろう? と。
じゃー『リ』っつーのはなんなんだよ!
いったい、『リ』は何の『リ』なんだよ? と。
だから私は言う。
『リ』っつーのはアレだよ。
こう、背中にしょって遠足とかに持ってくやつだよ。と。
すると子どもが答える。
わかった!
ゼリーの『リ』はリュックサックの『リ』!!!!
また一つ新たな知識を得て目を輝かせる子ども。
そして母親ぶった満面の笑みを浮かべて頷く私。
リンボーダンスとか淋病とか
リンデンバウムとかリトマス試験紙とか
リトバルスキーとか
リッチー・ブラックモアとか。
言わなくてよかったと思う。
2006 06 14 07:26 PM | 固定リンク | コメント (31) | トラックバック (0)
November 16, 2005
不幸つづきなんだが
『笑いのない人生なんて不幸…』
なんてわけわかんないことを
言ったり書いたりする人がいるけど
やっぱりねー
わたしは
笑えない人ほど幸福になるような気がするよ。
どんなことになってもねー。
笑っていられるほど器量も度量も余裕もない人っていうのは、
けっきょく不幸になるのがこわくてこわくて
薄ッペラーな幸福に落ち着いてしまうのさ。
そして
そうういう薄ッペラーな幸福が、
じつはいちばん幸福だったりするのだよ。
2005 11 16 12:12 AM | 固定リンク | コメント (18) | トラックバック (0)
November 09, 2005
いたらないたる。
わたしには到底真似できないほど
まったくもって気が強くバッサバッサと男を斬り続けている友人が
例によって例のごとく、またしてもバッサリ彼氏をぶった斬りして以来、
いっさい涙のひとつも見せずに
「女が誰でも結婚したいなんて大間違いだわさ」
「結婚したからって人間そー変わるもんじゃない」
などと数々の名言暴言を吐きつづけて早一ヶ月。
ちょっと男と喧嘩したくらいですぐに
メソメソ崩れてしまう私からして見れば、
羨ましく頼もしく眩しい限りであるのだが、
そんな彼女が何かにつけて
「ご飯作りすぎちゃったから食べにきな」とか
「いま牛角が安いから焼肉行こうよ」などと毎週言い寄ってくる。
しがない子持ち母子家庭のフリーランスにしてみれば、ぶっちゃけそんなにしょっちゅう飲むのはキツイし夕餉に招待されればそれ相応の酒や手土産持参をしなきゃ気が済まない薄っぺらな見栄もある。
要は『あぁ…金がもったいない!でも…でもぉっ!…』っちゅうことです。
んだが普段涙も弱音も吐かない彼女が今、こういう状態に陥ってるということは、きっと彼女なりに相当こたえているのだと思うの。だから私はいくら金がもったいなくても彼女に誘われれば飲みに行く。だってこの歳になって男と別れるのはけっこう辛いの誰が何と言おうとわたしはそう思うから。
いっぽう。
そんな私を見て、別の友人が腹を立てる。
「ゆきちゃんは面倒見が良すぎんのよ。甘すぎんのよ!」と言う。
そしてこう続ける。
「でもそれがあなたの人徳なんだけどね。だってそのかわり、
よくよく考えればあんたかなり悲惨な人生歩んでるけど
何だかんだ、ほんとに困った時って必ず誰かに助けてもらってんじゃん。
困ってんだか助かってんだか訳わかんない人生送ってるよね」と言う。
たしかにそうだと思う。
わたしはきっと本当に困ったこととか、そういう局面を自分だけの力で乗り越えたことがないような気がする。
というかきっとそういうことに鈍いのだと思う。
えーんえーんと誰かに泣きつきたくなっても、
いざそうしようと思うと面倒になって、
誰かに泣きつくくらいならめんどくさいから黙ってようと思う。
どーせ自分の気持ちをうまく伝えられないから、
だったら家で独りビール飲んで解決しようと思う。
助け舟を出してくれる人にすぐに乗っかるのも、
きっとやみくもに
「あーこの人に従えばきっと何とかなるんかなー」って
ただただ流れに身をまかせてしまうからだと思う。
そしてたまたまそういう善い人に恵まれてきただけなんだろーな。
こんな私が子育てできんだろうか?と思いつつ、
今日も独り、台所でビール飲みまくって酔いちくれる日々。
「あー誰か助けてくんねーかなー」と思いながら
誰にも何のアクションもせず、ぐぢぐぢする毎日。
2005 11 09 02:04 AM | 固定リンク | コメント (8) | トラックバック (0)
September 04, 2005
ひぐらし。
子どもの話がつづく。
夏休みが終わって2学期が始まった最初の週末。
気がついたらまるで死んじゃったかのように
昼寝をむさぼり続けている娘が夕刻ついに目をさまして
『おかあさん。私なみだがとまらない』
と泣き続けている。
『泣きたきゃ泣けよ。お母さんもいつもそうだろう?』
と面倒くさくて抱きしめることもせず茄子の皮を剥いていたら
(うちの子は茄子の皮剥かんと食ってくれんのだよ。なんて我侭な…)
『おかあさん。わたしはわかっってる。
きっと今まで毎日が夏休みでいろんなことしてたくさん遊んで
いろんなとこに行っていろんな人に会って、とても楽しかった。
でも、これからまた、何もない毎日が始まるかと思うと
それが悲しくて仕方がナインだよぉぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!』
と。
えっと。
処女を捨てた女が男の愉しみを憶えてしまったように、
もてない女がまかりまちがってネットアイドルになってしまったように。
この子も幼いながらも
管理社会から解き放たれる快感をおぼえてしまったのだろう。
5ヶ月前。学校に入ったころは『毎日が楽しくて仕方がない!』と
確かに言っていたのだから。
正直言って私は『学校楽しい』とか言うやつ気持ち悪い。
が、解放される時間はたしかに楽しいよ
そのために学校はあるといっても過言じゃないよと思うよ私。
なんかだから
さぼること覚えたりズルしたり逃げたりバレてこっぴどく叱られたり
へんな男につかまったりいい加減に二股かけて泥沼にずっぽり浸かったり
そういうことしながら大きくなってほしいなあ。
表面上は『ノーセックス!ノー援助!ノープレグナント!』で行くんだろうけど。
そうやって子どもの前で『いい母ヅラ』すんのも、結構楽しいわけで。
これもまた『母という役割から解放される』喜びを味わってんのかな。
なんつーか。
一生子どもにバレることなく悪事を働きつづけたいわけです。
2005 09 04 06:27 PM | 固定リンク | コメント (8) | トラックバック (0)
August 28, 2005
アンネの日記と自分語り。
子どもを水泳教室にぶちこんでからもう、1年近くになるんかな?
月7000円くらい払っているのでもう結構な投資になってると思うのだけれど、
うちの娘ときたら、いまだ水の中で目も開けられず、万年10級の水遊びクラス…。
ケノビどころかビート板でさえ遥か彼方の遠い世界で、
ハッキリ言って1年近く『水泳を習いに』ではなく『水遊び』に行ってる状態だ。
(娘曰く『気持ちは目ェ開けてるの!でもきっと目が細いから、
先生は私が目を開けてるの気づいてくれてないんだよ!!!』とのこと…)
ふげー。
もー金がもったいないから辞めてしまえ…と常々心の中では思っているんだけど、
本人が『楽しいー!』って言ってんだから仕方がないんかな。
なんつーか…向上心がないのか、はたまた世の中をナメてんのか……。
いつでも、そういう子どもの気持ちを推し量ろうとする場合、わたしはまず、
自分がその年齢の頃いったい何を考えていたかを思い出すようにしている。
私は幼稚園入園時からピアノを“習わされて”いて、
(何でもその当時は女子にピアノを習わせるのがめちゃめちゃ流行ってたらしい)
とにかく物心ついた時には教室に通っていたので、
『やりたい or やめたい』なんて選択権が自分にあるなんて思わなかったし、
母は母で、私が『やめたい』と言わないので『きっと楽しんでるんだろうなー』と、
そのままダラダラと続けさせていたらしい。
なので自分のこころの中には動機なんて一切なかったしもちろん目的もなかった。
そのかわり、けっして楽しいわけではなかったので、
週に一度のレッスン以外で、自宅でピアノに触れることもなかったし、
(ピアノの上達には自宅練習が必須なのです)
一つの楽曲を仕上げるのに何ヶ月も費やすこともしばしば。
ほかの子に比べて進度は驚くべきほど遅かったと思う。
ただ、母はそれに対して何か一言でも苦言を漏らすわけでもなく、
教室やレッスンの内容・進度について私に訊ねることさえしなかった。
(だからきっとダラダラ何年も続けられたのだと、ほんの少し母に感謝)
ところが小学校5年の時。
NHK教育TVで『アンネの日記』を映画放映していて、
何気なくそれを観ていたわたしは
『おぉ!世界にはこんな生き方しかできなかった少女もいるんだ!』と
おそらく生まれて11年で自分史上最高の感動と興奮をおぼえ、
どうしようもなく心の奥底からズンズンと昂まってくる
気持ちを押さえることができずに、
いったい何がどうしてそうなったのかは分からないけれど、
気がつくとわたしはピアノの前に座って、別人のように楽曲の練習をし始めた。
(忘れもしない。ブルグミューラー作の“牧歌”という曲でした。恥)
なんと言うかですね。
その時わたしは、
『自分の気持ちの昂まりを何かツールを使って表現する』ということを、
誰に教わることなく確かに自分で実感体感したんですよ。
ご近所のお宅からすれば聴くに絶えないピアノ騒音だったんだと思うけど、
自分のなかではあの日から、
楽譜の読み方から弾き方からすべてが180度変わったんですよ。
頭の中の霧がスカーッとはれて行く感じ。
でね。
その週から、今まで何ヶ月もかけて仕上げてきた楽曲を2週間でマスターですよ。
先生も『いったい何があったの???』とたまげてたわけですよ。
(まー結局中学で辞めてしまったんですが……)
で、思うに。
やっぱり子どもが自分の意志で目標を決めたりモチベーションを高めたりできるのって
きっとこのくらいの年齢、小学校5・6年からじゃないかと思ったのです。
そのかわり、一度でも自覚ができたなら、
そっから先はもんのすごいエネルギーで伸びてくんだろうなーと思うのです。
だからまぁ今はいいや…できなくても。
そのかわりもう少し大人になったらしっかりしてくれよ。
という結論に至ったのだが、目をキラキラさせてそれを友人に語ったところ、
『今どきの小5はみんな塾通いだっつーの。
習い事は低学年のうちにある程度固めておけよ…』
だそうだ。。。。。。。。
まーやっぱ時代は変わっていくんかな。。。
ふげー。
今日は溜まりに溜まりまくった夏休みの宿題をやらせねば。。。
2005 08 28 08:12 AM | 固定リンク | コメント (11) | トラックバック (0)
July 21, 2005
通知票
1年生さいしょの一学期を終えて、娘が通知票を持って帰ってきた。
評価は『できた・できない』の2つしかなく、
あらかじめ担任から
『1年生の一学期は殆どのお子さんが“オールできた”です。
慣れない学校で70日も頑張ってきたのですから褒めてあげて』
とのお話があったので、その言葉どおり『頑張ったね!』と褒めたのだが、
『全員同じ評価じゃ子どもの出来が分からないわよねぇ〜』と
不満を漏らす母親が多いのにちょっと驚いた。
通知票すなわち先生の評価に不満をあらわにする親子は今に始まったことではなく、私が小学校の頃から確かに存在していて、幼いころから『どうしてこんなに通知票を気にするのだろう?』と不思議に思っていたが、今になって思うと、そういう人は“自己評価”と“他人の評価”が一致していないと気が済まない人なのだと思う。
“自己評価”と“他人の評価”は必ずしも一致するものではない。これを忘れてしまうと人は周りの評価にとらわれてしまうのだと思う。
そして一致しなかった場合(多くは自己評価より劣っていた場合)、奮起してその分野にさらに力を入れると同時に、『ではどうしたら人から認められるのか?』ということを考えていくことも勉強のひとつだと思う。
だってぶっちゃけ社会に出て仕事なんか始めたら“他人の評価”の雨あられだもん。『どーして私は認められないの!?』なんて言ってても誰も相手にしてくれないから、不平不満を漏らす前にまず分析して戦略を立てろ。娘にはそういう大人になってほしいなーと密かに思っている。
******
通知票といえば苦い思い出がある。
たしか小学校4年生の頃だったと思う。一学期終業式の後、仲が良かったルミちゃんという子にトイレに呼びだされて、『絶対誰にも秘密にして通知票見せっこしようよー』と言われたので、なんにも考えていない私は素直にそれに応じた。ルミちゃんの成績は3とか4が並んでいて、正直なところ、私より成績は悪かった。『秘密にして』と言われていたので勿論誰にも口外しなかったし、何しろアトランダムに数字が並んでいたのでルミちゃんの成績を記憶することもなくすぐに忘れてしまった。
次の日、夏休みとはいえ、終業式の翌日からプール指導があったので私はいつもと同じように登校し教室に行った。
なんと。そしたらクラス全員が(まじ大袈裟でなく)、私の成績を知っていた。
『うそーなんでオマエそんなに点数いいんだよー?』と言われ、
『ゆきちゃんの通知票の成績を聞いたんですけど本当ですか?』と担任に直接質問をするおおばか野郎などもいて、私は後で担任に呼び出されて、
『通知票なんて人に見せるもんじゃありません!!』と激しく怒られた…。
話はそれで終わらず、その日の夜、ルミちゃんのお母さんが私の母に電話をしてきた。今となってはすごい電話だなーと思うのだが、話の内容は
『いつもどうやって家でお勉強させてます?教えてください…』というようなもの。
当然母は事実、すなわち『なーんにもせずに漫画ばっかり読んでますー』と答えた。
そしてまたあくる日、学校に行ったら、今度は
『家でぜーんぜん勉強してないんだってね!』ということがクラス中に広まっていた。
よくわかんないけど、なんだか傷ついた。
そのとき私は子ども心に
『人って他人のことがこんなに気になるもんなんだ。
だったら私は“けんそん”。謙遜謙遜“けんそん人生”を歩もう』と誓った。
今思えばこれが自虐人生の始まりだったんかな。
というわけで、謙遜抜きにして言うと、私子どもの頃はめっちゃ成績よかった。
でも頭が良かったからではなくて、たまたま先生から評価されやすかっただけだと思う。
小さいころから親の仕事の都合で大人に囲まれて育ったので、たまたま皆が知らない色んなことを知っていただけ。だから努力も何もしてなかった。
一方で。
ルミちゃんとはその後、中学も高校もずうっと一緒で、彼女はものすごく努力家でいつも発狂しちゃうんじゃないか?と思うくらい猛勉強をしていた。
そして大きくなってからも、ことあるごとに『私ゆきちゃんには負けたくない!頑張る!』とマークされ、高校のときには『私ゆきちゃんの通知票見てすっごいショックだったんだよ。トラウマかも…』なんて話もした。(私もまったく別の意味でトラウマを抱えたのだが、それはどうしてもルミちゃんに言えなかった)
そして“自己評価”と“他人の評価”を擦りあわせることもせず努力もしない『キリギリスの王道』だった私は、高2の終わりくらいにルミちゃんに抜かされ、ついに彼女は浪人を経て、日本一みたいなすごい大学へ旅立っていった。
わたし負け組。
えっと、学校の通知票なんてホントあてにならないと思います……。
あぁ、今となっては私がルミに
『いつもどうやって家でお勉強してたの?教えてください…』と訊きたい…。
2005 07 21 09:44 AM | 固定リンク | コメント (12) | トラックバック (1)
June 24, 2005
ひとりむなしくズボンをハンガーにつるし
夕暮れどきのいつもの金曜。
食事の支度をしていると、ふいにおとこの人から誘いのメールが入り
私はにわかに色めきだって、足はつま先だちになるどころか
地上5センチくらい浮き足だった気分で
「あぁせめて普段からこのくらい背が高ければ
今どきのシステムキッチンの流しに立ってもちょうどいいのに」
などと考えながら慌ただしく子どもに料理を出し
妹に急きょシッターをお願いして
自分はシャワーを浴びたり服を2、3度着替えてみたり。
そしてすべての準備が万端整って、
あとは連絡を待つばかり。
という頃になって初めて気づくのだ。
社交。社交社交社交社交辞令。
「どうせ夜家を出ることなんてできないだろうなぁ」
そう思ってかるぅく誘ったに違いないと思う。
結局どんだけ待っても連絡ないのでまた着替え。
今度はパジャマに。いつもの格好。
わずか一瞬でも一度でも脚を通したズボンは
なんとなくしわくちゃで膝が抜けてしまう。
それだけで、
ものすごく損をした気分になってしまう自分が嫌。
そして他愛ない誘いにすぐに浮かれポンチに
なってしまう少女おばさんな自分が嫌。36歳。夏。
2005 06 24 09:44 PM | 固定リンク | コメント (14) | トラックバック (0)
June 11, 2005
日記
朝ごはんを作ろうと冷凍庫に顔を突っ込んでゴソゴソしていたのだが
そんなとき、いつでも私の頭のなかは、
【フェーズ1】
・早く扉を閉めないと電気代がもったいない
・早く扉を閉めないと冷凍食品が溶けて水っぽくなり
海老フライなどはいざ揚げるときにバチバチはねて困る
【フェーズ2】
・では一刻も早く冷凍庫の扉を閉めるために私は何を為べきか?
・そりゃあ当然素早く必要な食品を冷凍庫から取り出すべきである
【フェーズ3】
・だったら冷凍庫の扉を開ける前にまず
いったい自分が何を取り出すかを決めとけばいいんじゃねーか?
・じゃぁどうするよ? いったん扉を閉めてから出直すか?
・馬鹿を言え。そうやって何度も扉を開閉することこそ電力の浪費。
【フェーズ4】
・だいたいよー。
こうやっていざ冷凍庫を開けてみないと何が入ってるかわからない
自分の『食品管理体制』に大きな問題があるんじゃねえか?
・いっそのこと、今日は一気に冷凍庫の整理でもしてみるか?
・ふざけんなよ。そんな時間あるわけねえ。
【フェーズ5】
・で、いったい私は冷凍庫開けてなにをしようとしてるんだっけ?
【ふりだしに戻る】
という思考迷宮状態になってしまい、たかが一分にも満たない時間
冷凍庫に顔を突っ込んでいるだけにも関わらず
『あぁ早く閉めたい』という焦燥と
『いったいどうして自分はこんなに家事要領が悪いのか』という
自責の念にかられ、けっきょく
『あーもーめんどくさい飯なんか何だっていいや』と
扉を閉めてクノールカップスープなどを作り始めてしまうのだが。
今朝はあまりにも深く冷凍庫に顔を突っ込みすぎたのか、
自分が永年に渡り培ってきた
『冷凍庫に突っ込んだ顔を引く→→→扉を閉める』という
一連の動作におけるタイミング、勘というようなものが狂ったのか、
冷凍庫を閉める際に、思いっきり自分の顔をバタンと挟んでしまい、
そんなに出っ歯じゃないと思うのだがおそらく自分は鼻より歯が出ているのだろう。
唇の右上を冷凍庫の扉で強打。
唇に対して垂直に5ミリほど皮膚が『パカッ』と割れてしまった。出血少々。
2005 06 11 10:34 AM | 固定リンク | コメント (17) | トラックバック (2)
April 14, 2005
洗礼。
すみません。お見苦しいおはなし。(って誰に言ってんだかな…)
(読み苦しいというべきか)
娘が小学校に入学して、毎日弁当づくりや持ち物の揃え方通学帰宅の道順、
ゼッケン付けに算数セットの名前付け…。目まぐるしい日々を送っていますが
…………別にそんなに大変じゃないっすよ。
というのは入学前にさんざんヨソのお母さんに
『小学校ってタイヘンよ〜!』と脅されていて、かなーり戦々恐々としていたんですが(日本語合ってます?)、べつにホントそんなに大変ではない。弁当なんて10分もあれば拵えることができるし名前付けは布団に入ってから寝つくまで内職のようチマチマと。大量に配布されるプリントは読み流すものは即行で読後ゴミ箱へ。後々必要なものだけファイルにドサドサと日付順に入れてますだって整理する暇ないから。わかんないことあったら先生に聞けばいいし万が一忘れ物があったとしても娘の一生を棒に振るほどの一大事ではないだろう誰にでも落ち度はある(勿論極力ないように努力してます)。
自分が小学生や中学生の頃。
学校で先生が『オーイ今からテストするぞー!』と言うたびに
『うっそー!おえぇぇぇぇーっ!やっべぇぇぇぇぇーーー!』って
まるでこの世の終わりみたいな騒ぎ方をする輩が何人かいて、
当時から私はそういう学友を見ては
『なんて大げさな奴なんだ。
テストくらいじゃ死なねえーつーの。。。』
と思っていたんだが、
母親になって『小学校なんてもーぅタイヘーン!!!』と
騒ぎまくる親はおそらく学生時代こういう類いの人物だったと思う。
ぜったいそう思う。
まーもーそんなことどうでもいいんですが、
一昨日、生まれて初めて『PTA委員選び』というのに私もデビュウした。
役員に誰も立候補する人がいなかったんで、
『仕事してるんでできる範囲のことしかできんが誰もやらないならやります』
という周囲の理解を求めたうえでの消極的立候補だったんだが。
ところがその後ベルマーク委員などの人気委員に
落選しまくったお母さんの一人が、最後の最後に
『あのー先ほどゆきさんに決まった役員の話ですが……
ゆきさんはお仕事もあるし母子家庭ですから
やっぱり私が役員やらせてもらっていいですか???』
とか言い出すわけですよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
こういうの何て言うか知ってますか!?
『後出しジャンケン』
って言うんですよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
つーかもーこの際『後出しジャンケン』でも何でもやってもらえるならそれに越したことはないしきっと私がやるよりよほど良質なPTA仕事ができるでしょうからホント嬉しかったんですが。
だったら始めっから『やる』って言えよ!!!!!!!!!!!!
つーか『母子家庭ですから』ってなんだよ!!!!!!!!!!!!!!!
私はおまえにそんな家庭の事情ひとっことも話してねえっつーの。
いいっすよいいっすよ……どうせダメ親です……母子家庭ですよ。。。
でもね。
夫婦ってなんですか?
だいのオトナが二人も揃って四苦八苦して子育てしてるだけじゃねーか。
どーせおめーら
妻がいなくても夫がいなくても、一人じゃ子育てできねーんだろ!?
こっちはそれを一人でやってんだよ!!!!!!!!!!!!!!
おめーらはよー。
一人で出来る自信がないから、一人で子育てしてる片親を
『ちゃんと子育てできないかも……』
って思い込んでんだろ!!!!うるせーばか!
………………………………………………そのとおりだよ。。。。
というわけでロクに育てられてない『片親の子』のまさに片親である私は
PTAの役員に立候補したにも関わらず、約1時間後に降ろされたのであった。。。
いやでもほんとホッとしたんですが。
最後になって代わってくれたお母さんに心の底から感謝してるのは確かなんですが。
同時に何とも言えない複雑なきもちになったわけです。
乱筆乱文御免候。
2005 04 14 09:38 PM | 固定リンク | コメント (27) | トラックバック (0)
